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ブラジル小話 2005年11月

 

日付順(逆順)に並んでます (2005年12月はこちら

2005.11.28
 週末、イロイロと考えた挙句、「やっぱり、人の絆というものが岡村さんの作品の力じゃないだろうか」というところに落ち着いた。進歩がなくてすみません。ちなみに岡村さんは、
このように表現されています。

2005.11.27
 
岡村淳さんの作品「ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌」が26日、関係者への完成報告として上映された。幸運なことに、関係者ではなかったが参加させていただく栄誉を得た。ドキュメンタリーというものの範囲を超えているんじゃないか?と思える感動を受けた。岡村さんの創作活動をめぐっては以前、江戸っ子さんから、「岡村さんは、映像の消費社会、あるいは映像を消費してゆくテレビのシステムと戦われているのかもしれません」という話が出て、盛り上がったことがある。まさにその、消費され尽くされることがない作品だと思った。旅行記でもなく、珍種の植物記録映像でもなく、はたまた、秘境の感動的な景観でもなく、もちろん橋本梧郎先生の生活の記録でもない。とはいえ、そのすべてが映像を通じて語られているわけですが。上映後、岡村淳さんにも質問したのだけれど、どう表現していいのか今でも分からない。
 ひとつだけ言えることは、「ハルとナツ」が忘れられても岡村さんの作品は忘れられることがないだろうな、ということであり、その延長線上に今回の作品もあるのだということ(だから岡村さんのNHK糾弾は、NHKへの宣伝になりこそすれ、岡村さんの宣伝にはならないという矛盾もあるのだ)。
 そうそう、あえて岡村淳さんには聞かなかったのだけど、この作品にはサントラがない。唯一、ガイドの車の中でサルサが流れ、小学生の合唱が記録されているぐらい。音楽の補助がなくても、感動が迫る。4回は泣いた。一番後ろの席を陣取って良かった(笑)。あと作品には登場されなかったのだが、関係者であるSさんの、上映後の沁みるような笑顔も良かった。岡村さんにとって、制作者冥利につきる上映会だったのではないだろうか(…橋本先生からの高い評価はともかく、
そうとも言い切れなかったみたい…)。
 すばらしい作品と上映会をありがとうございました。今後、多くの方々に向けて上映会が実施されることに期待。

2005.11.24
【ナナメ読み】
「死屍を鞭打つこと無かれ」@サンパウロ新聞社主
 南米地方行政視察団の報道をめぐって私の中で大いに株を上げたサンパウロ新聞が、糞社説を掲載してすべてを台無しにしてしまった。
 道徳だったかなんだったかの見出しがついていたと思うのだけど、忘れた(笑)。ま、要するに、円売りをめぐってニッケイ紙上で名指しで批判された創業社主の水本光任はすでに故人であり、今さら追及するなと。その理由は、日本では「死屍を鞭打つこと無かれ」と言うではないか、ということらしい。死人に(反論の)口なし、しかも個人攻撃は卑怯じゃないかとおっしゃる。その上で、「移民は誰でもすねに傷があるのだから、私も黙ってるからお前も黙っていなさい」(大意)ということだそうだ。へそ曲がりに読むと、「水本創業社主は円売りをやったけどそれは誰もが持っているすねの傷じゃないか」という具合に、円売りの事実を認めているようにも読める。というか、私はそう理解した。つまりこの社主の論理展開は、極めて稚拙と言わざるを得ない。ま、名新聞経営者=名文家ではないから、いいんだけどね。
 そこで新聞運営に目を向けるとして、この社主に訊いてみたいのは(いつから、専務から社主になったんだろう?)、では日本語新聞がまだ鬼籍に入っていない人の批判記事を書いたとして、この社主が言うように、新聞が批判記事と同じスペースを割いて反論させているだろうか?ということ。ブラジルでは、「虚偽の事実を摘示することによって毀損された名誉は、同等のスペースの反論を与えることで名誉を回復させる」ということになっておるのだよ。サンパウロ新聞は、今現実に生きている人を対象にした批判報道で、特に事実無根であった場合、それを履行してるのか(笑)。まぁそれ以前に、果たしてこの社主は社会人としての自覚があるのかと疑問に思った。
 社会とかかわる営為に関しては、その人物の死後も大いに批判すべし。そうでなければ、人の営みの失敗の積み重ねである過去の歴史が、私たちの貴重な糧とならないではないか。当然ながら、新聞発行も社会事業であれば、記事の執筆も同様。死んでからでも批判されることを覚悟しないなら、とっとと社会とのかかわりを断絶してヒッキーになるがよろしい、と思う。
 ブラジル刑法は知らないが、日本の刑法では、「230条  死者の名誉を毀損したものは、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」ということらしい。事実であれば大いに死屍に鞭打つべしと、刑法もおっしゃっておる。あいや、奨励はしていないが、許されている。それが歴史教育というものだろう?
 
ちなみにこれは、社主のおっしゃるような戦後教育の弊害ではない。何しろ帝国時代の刑法でも認められている(確か、同じ230条)。戦後教育を槍玉に挙げたら読者がついてくるというのはマードックの手法を真似た感情操作のつもりだろうが、事実に反するし、何よりも、みっともないと思う。

2005.11.23
 
明日24日午前10時半(日本時間午後9時半)から、当サイトでもご紹介している宇江木リカルドさんが、ラジオ「
ブラジル日和」に登場の予定。どんな話が飛び出すやら、楽しみです。

2005.11.21
 土曜日付のニッケイ紙は、「サンパウロ新聞や日本のマスコミの報道は事実と違う」という路線を維持しつつ、中沢県連会長の主張にあわせて、少しトーンダウンしていた。「関係者はこう言っています」という以上のものが何も無いため、関係者の発言次第で記事の方向も変わる。新聞社としての定見の無さが露呈しているあたり、新聞というより回覧版に近い…と、18日、ニッケイ新聞のある方に話したばかり。

2005.11.20
【貴卑コラム】 事実と真実

2005.11.18
 本日午後10時からの
NHKジャーナル(NHKのラジオ番組)で、少しばかり話します。私の声を知らない方はどうぞ。たぶん、10分とは出演しません。だいたい、午後10時半から登場の予定。…だったのだけど、24日へ延期になったそうです。家族に連絡できなかったので、そこんとこはよかった。

2005.11.11
【ナナメ読み】
「インフル」とか「ドミコン」とか@ニッケイ新聞
 いやほんと、理解不能な見出しが多い…。まぁ、「インフルエンザ」は省略に苦労するだろうけど「四角く2行にインフルエンザ」として、あとに「新型対策…」とかつなげちゃ駄目なのか?とか、ドミコンは「演奏会」とか「音楽会」じゃ駄目なのか?とか、まぁ、いろいろ思いますですよ。小学校の壁張り新聞じゃないんだから。ちなみに…もともと安っぽい地紋(花柄とか)を多用するサンパウロ新聞の見出しには、はなっから、こういう要求というか期待は無かったりする…。

2005.11.09
【ナナメ読み】
la nuit violente en France@内田樹先生
 いやぁ…いつもながら、脳みそが刺激された。かつての日系移民はどうだったのかとか、今の日本の日系人はどうなんだとか、それこそブラジルに今現在住んでいる私はどうなんだとか、いろいろ、思うのですよ。ま、戦中はともかくも、現在のこの国では、同化というのはあまり聞かれない。むしろそれがストレスになって、「ブラジル人ってさぁ…何考えてるんだか」と、ブラジル批判をはじめるブラジル在住日本人はいるのだけれど。均質化(同化)しないと落ち着かない人に対して、だれも同化のマニュアルを示してくれないからストレスがたまる。だって、同化させる社会的なシステムがない(社会的な決まりごとは別だぞ)。そうして溜まったストレスは、「やっぱり日本っていいよなぁ…。それに比べてブラジルは…」と言って発散する。ま、そういう「均質社会大好き」という人は、やはり日本にいて「プチ外国」の非日常をつまみ食いしつつ、「日本ってさぁ…」と、気にいらないマニュアルを見つけては悪口を言っているほうがシアワセだと思う…のだけど、人生、そう単純でもないことも、こうした人たちの悩みであるわけですかね。…などと、あらぬ方向に妄想が進んでゆくのであった…。

2005.11.02
【ナナメ読み】
 紅斑熱がリオ州内で報告されている。
 Folha de São Pauloの報道は
ここ(10月31日の時点では紅斑熱の疑い)。避暑地で有名な観光地ペトローポリス市も、保険局が紅斑対策のパンフレットの配布を始めている(ここ)。

2005.11.01
【備忘録】
USB接続ハンドウォーマー「USBあったか手袋」が発売
 永年にわたってヒーター内蔵マウスを発売すべしと主張している管理人のハートを射抜いた商品が登場。でも、これは著しくスマートさに欠ける気がする。適当な温度になるニクロム線のようなものをシート状にして、マウスに貼り付けるとか(コードが2本になって厄介だけど)、そもそも、マウスに内蔵させてスイッチで切り替えるとかできないのだろうか。
【ナナメ読み】
「下流生活者」たち@内田樹の研究室
 読み応えあり。とくに「階層が下になるほど資本主義的な、競争原理と市場原理、つまり社会的弱者である当の彼ら自身を排除と収奪の対象としている体制をより好むという倒錯が生じている」というのは、実は多くの人が感じているのではなかろうか。ブラジルでは、とりわけカトリックが「神のもとの平等」を主張してこの倒錯を助長している(カトリックが宗教としてそのような行為をしているというわけではないが)。「神のもとの平等」を信じて、運試しに宝くじやビンゴに興じるひとの多いこと(笑)。そうして、貧乏人は確保できる労働時間が減少し(つまり所得も減少し)、胴元との所得格差がさらに開いてゆく。その上、「俺には運がなかった…」と、社会構造に疑問をもつこともない人たちが再生産される。成功機会の均等な社会を目指そうとするほど、社会格差が開いてしまっている。

(2005年10月はこちら

 

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