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ブラジル小話 2006年3月

 

日付順(逆順)に並んでます

2006.03.29
備忘録】
アサヒ飲料、缶コーヒー「ワンダ オリジンレーベル 100年ブラック 185g」を発売@日経プレスリリース
 
第1弾として、厳選した日系ブラジル農園豆を100%使用した「ワンダ オリジンレーベル 100年ブラック 缶185g」を、4月12日(水)から、全国で新発売します。だそうです。微笑ましいですね。売れるといいな。
 そういえば、ハルとナツも再放送だそうで。
 でも、これを読んで、「確かに厳選してもらわないとナー」と思う人も、少なからずいるのではないでしょうか(笑)。「日本人だから」とか「日系だから」といった理由で無条件に「イコール良質」というのはあり得ないですよね。とりわけ日本の製造業の皆さんとか、はたまたブラジルに進出されておられる企業の経営者の皆さんなんかは、良くご存知だったりしそうです。で、どうせ厳選するなら、日系にこだわらないほうが幅広く優れたもの(商品でも人材でも)が集まる可能性がある、と思うのは、私だけなんでしょうか。必ずしもポジティブな印象(だけ)とはいえないこの言葉をマーケティングに使うという状況を思うと、NHKから以前は「差別用語」の指定を受けていた「移民」って言葉は、すっかり「ブランド」になったんだなぁ…と、遠い目をしてしまうのでした。

2006.03.28
【ナナメ読み】
ふるさとめぐりの旅はパック旅行とは違う@サンパウロ新聞
 書くべきかどうか。でも、書いちゃいます(笑)。
 県連のふるさとめぐりの旅は、日本語新聞2社も同行取材するのですが、今でも、恐らくこの同行取材の基本的な旅費は県連もちのはず。それを考えると、「ふるさとめぐりの旅はパック旅行と違う」というサンパウロ新聞の主張には、疑問が湧く。というより、新聞社の方々はこういうことに疑問をもって下さい。お願いします。当然、これは新聞記者だけに対する特典ではなく、一部役員も「無料」で参加しているはず(団体割引を旅行代金の値下げに反映させていない)。団体割引の適用を受けているのに、パック旅行とは違いますか、そうですか。
 しかもその上、「利益」まで計上していたんですねぇ。
 この問題は1995年のふるさとめぐりの旅でも、一部の県人会会長から批判があって、県連内部でも問題となった。当然、新聞社はこの問題を見てみぬふり(私が記事にしようと思ったら、上のほうからストップがかかった)。なにせ、新聞社もその御利益を受けているんですから(当時、表向きは新聞社も自費で同行取材。「高いけど、新聞社も含めて完全に実費だから」というのが当時の参加者に対する言い訳だった)。その結果、一度、新聞社の同行取材がなくなった(はず)。
 サンパウロ新聞は、名実ともに自費参加している上でこういうご意見なのかな? それとも、「パック旅行とは違う」というお題目の恩恵を受ける立場からのご意見なのかな?
 とはいえ、日本祭り問題も含め、サンパウロ新聞が今後、どのようにこの団体の不明朗な金銭体質を扱ってゆくのかには、ワクワクですね。
備忘録】
「惑星ソラリス」原作者 スタニスワフ・レムさん死去_-_おくやみ@朝日新聞
 これを語れるのは、身近にはニッケイ紙の(深)さんぐらいか…。

2006.03.27
【ナナメ読み】
世代交代のことなど@ニッケイ新聞とサンパウロ新聞
 24日付(だったか)ニッケイ紙の樹海の県人会万年会長の90年一斉交替の話も面白かったのだけど、25日付サンパウロ紙の灯台を読んで、なるほどねぇ…とも思った次第。サンパウロ紙の鈴木雅夫編集局長によれば、「1980年代前半までは戦前移住者が日系コロニアを支配し、戦後移住者の出る幕がなかったし、戦後移住者が日系コロニアに近づかなかった」。樹海を読んだときの印象は、あながち間違いではなかったわけか。
 ただ、この灯台、「的を得て」とか、ちょっとイタイ誤用があったりするのは良いとしても、「日本型システム」とかまるでバブル経済のころの日本型経営(という幻想)みたいな論を引きずってるのってどうなんだろ。このリクツを進めちゃうと、一世の説教おやじが大好きな、「日本は特殊(時には別格というニュアンスであったりもしますな)なんだ。だから、お前たち(二世やブラジル人)には本当の日本はワカンナイんだ!」みたいな方向に行くことが多いような(しかも得てして、日本人は西洋型を理解できるが、西洋型の人は日本型を理解できないという主張になるんですよね。双方の齟齬は本当は、日本人が日本型というものを観念ではなく本質的に説明できないのが理由なんですけどね)。
 それから「一世がやり残した仕事はまだあるはずだ」というオチ。遣り残しはともかくも、問題はそれが、「時間切れかどうか」だと思う。人生のさまざまな局面で残務はあるわけですが、現時点における日系団体の問題は、「周囲を巻き込んでも一世がそれを貫徹するほうが良いのか、それとも切り捨てたほうが良いのか」ということじゃないでしょうかねぇ。ま、そんなこと、現時点で判断できることじゃないでしょうね。だからいっそ、「傍流として今後百年の転ばぬ先の杖」にするほうがスマートだと思う。いつ必要になるか分からないけど血統をプールしておくために存在した、徳川御三家みたいに。問題は、「主家じゃないとイヤ」という、「別に本当に100年後を考えているわけじゃない」戦後一世が多いことなんだよなぁ。

2006.03.26
 1年半ほど前に、DVDプレーヤーを購入した。当時、漠然とソニーかねぇ…なんて思っていたら、店員から「日本のDVDを見るなら、ソニーだけはだめだよ」と、言われた。地域の設定でブロックされるのだという。ななな。「ソニー以外なら大丈夫!」ということで、Gradienteを購入。そして諸般の事情からこのプレーヤーをブラ父に譲り、LGのレコーダーを購入した。…と、何と、LGのこの機種も、日本製DVDは再生できないことが判明。LGよ、お前もか。ブラジルローカルのブランドでない場合、注意が必要なのかも(ちなみに最初の購入時は、フィリップスも大丈夫、と言われていた)。はあ。

2006.03.24
【ナナメ読み】
食育:カモを親子で解体して食べて「食と命の尊さ」を学ばせるんだって@散人先生
 分かる気がするような、しないような。
 そういえば昨年末、ヤギを屠殺したときも甥っ子(5歳)には見せなかったな(解体するところは見ていたが…)。この時は、私が殺害係であった…(ブラ父は、願掛けをしたそうで直接屠殺をしないため、私が呼ばれた)。ふと、イラクの人質事件を思い出しつつ、生きてぶら下げられながら私を見つめているヤギの喉を切ったのでありました。南無南無。喉はスパっと切れたのだけど、頭を落とすなんてナカナカ。それにしても、動脈血が蛍光色のように赤いのには驚いた。牛の場合は頭を斧の反対側でポコンとやってから吊るすのだけど、ヤギのこの方法は、肉の癖を避けるためなんだろうか、それとも、単に牛は生きたままだと吊るせないからなんだろうか。聞くのを忘れた。
広島市デジタル博物館問題@ニッケイ新聞
 「『寄贈者本人に確認を取りたい』。イタコでも呼ぶつもりだろうか」=(剛)記者。笑った。オンラインという意味でのネットワークではなく、つながりの意味でのネットワーク化のチャンネルとして、イタコを導入! とはいえ、(剛)記者は、まじめな意味(批判)として使っている。芸能山城組の「恐山」を好んで聞いていた私としては、個人的には、楽しそうなアイデアなので笑った。博物館にアクセスすると、かつてのダイヤルアップ接続のピーヒョロロ見たいな感じで、イタコの口上が聞こえてくるというのはどうよ。「現在、イタコ・サーバー経由で移民ネットワークに接続中です…」「…移民ネットワークに接続しました。生の声を聞いてください」などというダイアログが出てきたりして。ま、昔の神道的に言えば、寄贈物もある意味、イタコではあるわな。あいや、悪ふざけしてごめんね。(剛)記者とイタコの皆さん。でも、そういうネットワークって、あったらいいな。

2006.03.23
【ナナメ読み】
谷広海氏のブラジル日本語センター理事長三選に日本語新聞2紙が冷たい問題について
 サンパウロ新聞は23日付モザイク欄で、後継者の育成努力が足りないのではないかと指摘。ニッケイ新聞も同日付大耳小耳欄で、役員と現場教師に温度差があることを指摘している。
 実は私も、22日付サンパウロ新聞記事の「
二期目で無事に終らせてくれると思っていたが、(理事長候補者は)現れなかった。三期も続けるとマンネリ化の原因になる。次は、評議員、理事メンバーの中から現れてほしい』と後継者が現れない状態を憂慮した」という部分に、引っかかったんですよね。確か昨年の文協会長選で、「後継者も育ってきており、文協会長になった場合にセンター理事長を辞職しても大丈夫」みたいなことを言ってなかったっけ? 調べてみたんだけど、分からず仕舞いで、別の記事が釣れた(マニフェストと質疑応答@=谷広海氏)。シャッパ制(候補人名簿による選挙)では、対抗候補人名簿作成による立候補が困難なこと(これは、現役員を現職の会長候補がごっそりとさらっていくので、対立候補は外部から役員候補を迎え入れざるを得ななくなって、結果的には内部から信任を得られにくいのが理由)、(こうして役員が固定化する結果)会員の意見が反映されにくいことを、概略、文協の問題点のひとつとして指摘しておられる。なんだ、この1年前の文協批判は、そのままブラジル日本語センターの理事長選にも当てはまるのね。「百年後の評価に耐えうる教育機関(日伯大学)」を作るのも良いのだけど、まずは、現段階で評価に耐えうるセンターに改革するほうが重要だと感じるのは、私がビンボータレだからだろうか。「教師認定制度の確立」というピンハネ制度も検討するそうです。センターに認定してもらったところで、別段、ブラジルや日本の正規の教師の資格がもらえるわけでもないそうで、「(日本語教師の)社会的地位の向上」に役立つことが目的だそう。もちろんその「社会」とは「コロニア」のことみたい。だって、ブラジル社会としてはただの紙切れに過ぎないんだし。この認定証を「公的に認められるように働きかける」ったって、どういう位置付けで公的に認められたいのでしょうか。正規の教師にするということなのかな。記事の内容だけでは意味不明で、ほんと、ピンハネ目的デスカ?としか思えないところが…。
 私自身は谷さんとの接点はゼロなのだけど、昨年と打って変わって日本語新聞2紙に冷遇されているというのは、「天に恥じることはない」というのが口癖(みたい)な谷さんに、「天だけじゃなく人にも目を向けてちょ」ってことなんだろうか。哲学書のような日本語新聞を読める幸せを、噛み締めるのであります。

2006.03.22
【ナナメ読み】
日本島
管理問題@サンパウロ新聞
 モザイク欄に2点の追記(まさかこの過疎サイトをお読みになっているとは思えないのだけど)。要点はこれ。
1)県連が管理を委任され、今後、文協などのいくつかの団体に協力を要請する。
2)竣工式で県連に協力したのは12法人5個人。
 現状どころか将来的にも、県連だけが管理を任されていること(管理は県連。管理者=県連への協力はありうる)。つ
まり、将来的にも日系コロニアが日本島を管理するわけではないことが記されています。それから、サンパウロ新聞にとっては、12法人5個人という規模で、「コロニア」と呼ぶに十分な「地理的、また人的な広がりをもっている」ということみたいです。そのうち、こういう小規模コロニアに対抗して「大コロニア」とかいう呼び方が登場したりして。大日本帝国はなくなりましたが、大コロニアはどうなんでしょう。こっちもやっぱり、後ろに「帝国」がつくのかな?
デタラメ広島市デジタル博物館@サンパウロ新聞
 脱力笑いをしつつ、これってやっぱりネットワーク博物館といいつつ「ネットワークの力」がなかったってオチなんで
すかねぇ。ブラジル側でお怒りの方々と、今後、どのようにネットワークが構成されてゆくのか。そういう意味では当事者の憤慨と困惑をよそに、わくわくするような楽しい話題ではありますね。

2006.03.21
【ナナメ読み】
日本島は「県連が中心となって日系コロニアが管理」@サンパウロ新聞
 これを管理するのも、「コロニアの総意」なんですか? 「日系コロニアが管理することになっている」とサンパウロ新聞に一方的に決め付けられてもなぁ(爆笑)。いい加減、こういう表現を使うこと自体、日系コミュニティーの現状把握を阻害し、また「コロニア」というものを(新聞記者自身も)無自覚に私物化しているという心理状態の発露であると気づいて欲しいな。常識で判断すれば、「県連を中心とした日系団体により管理される」ということじゃないのかな。サンパウロ新聞の表現が正しいのなら、北はアマパから南はリオ・グランデ・ド・スルの日系コミュニティー(と諸団体や入植地の人たち)も、管理のための経費と労力を負担しなきゃね。こういうリクツがサンジョアキン界隈でしか通用しないという異常さに気づいて欲しい。
この問題、あまりにも目に余ることが多いので、すべて架空の名称による記事を挙げて、説明します。下のような記事が新聞に出たら、苦笑する人は多いでしょう。地方の通信員ですら、こんなバカはやらない。でも、サンジョアキンの理屈に染まっている記者たちはこの架空の日本人入植地の報道の思考パターンと同様、なぜそれがおかしいのか理解できないのです。そして意図的にそういう情報操作をすることで田舎ッペを食い物にしている人(組織)があるということも、私たちは忘れてはいけません。
 アマゾナス州の州都マナウスから600kmに位置する人口80人のウルクン村のヒピニキ村長は、同村に所属するアマゾン川の中洲を「日本島」と命名した。ヒピニキ市長は村の唯一の日系家族、伯国太郎さん一家4人の親友で、大の親日家。これを受けて伯国さんが中心となって(ブラジル)日系コロニアが、今後、この中州を管理する。
 …んなわけないですよね。「でも団体と個人は違う」って? じゃあ、県連はコロニア(血縁ではなく地縁による関係)というものをベースにした団体なんですかね。県人会なんて、県出身者とその子弟の閉鎖的クラブ組織でしょう。非日系配偶者ですら、ほとんど参加できない。法律上はともかく、ですが。つまり、本当の意味でのコロニア人(日本人植民地の住人)なんて代表してませんよ。ちなみにニッケイ新聞が主催しているパウリスタスポーツ賞では、相撲部門で非日系の女性選手、フェルナンダさんが受賞したことがありました(通常、非日系人は特別表彰)。コロニア人とは本来、そういう日系人の文化に親しみを持って参加している人をすべて含めるものだと思いますね。県連(県人会)がコロニア団体になるためには、組織を「○○県のファンの会」に変革する必要があるでしょう。そうなるまでは、コロニア団体ではなく、日系団体と呼ぶだけで充分。もちろん、「全伯コロニアという共同幻想」を支持するメンバーという意味でコロニア団体と呼ぶなら、それは納得できますね。
 ついでに。
【ナナメ読み】
誰が県連会長になっても「一般の人たちは、まったく興味はない」@サンパウロ新聞
 すばらしい報道姿勢ですね。
 しかも、「今必要とされているのは、県連が割れないような執行部作りだ」そうです。すでに割れてるんやおまへんのか? 言い換えれば、割れている県連をまとめてゆける執行部作り、が必要だと思うのだけど…そうですか、サンパウロ新聞にとってはそんなことは「まったく興味はない」ですか。

2006.03.20
 さて。一週間ぶっ続けでカレーを食べる(もち、昼と晩)という苦痛から逃れるため、今回は1kgもの豚肉を仕入れ、カツカレーを一週間、ぶっ続けで食べることに。バラエティーがあってエエなぁと思ったのもつかの間、いきなり2日目にはカレーを見るだけで胸焼け状態に。後半はまぢ、地獄の苦しみであったのだ。で、この反省から翌週はスッキリとカレー粉と出汁(の素だが)に片栗粉でトロミをつけたカレーうどんにしてみたり、カレーラーメンを食べたりしたのだが、もはやカツカレーがトラウマとなって胃が受け付けない。若さって維持できないものだなぁ…とシミジミ実感。と、そういう生活ともいよいよオサラバする時がやってきた。ようやく、ブラ妻(とハチ娘)が実家からご帰宅。と、その日のメニューは、これまたコテコテの田舎リングィッサなのであった…。
【SILKYPIX】 Ver.2.0.16
 年末けから原因がわからずにいて、ようやく気づいて中の人に要望を出した不具合を改善。すでに把握しておられたようでしたが、タイミング的にうれしい。

2006.03.17
【ナナメ読み】
誰が火中の栗を拾うのか@ニッケイ新聞
 見出しもちょっとどうかと思うんだけど、昨年の文協会長選同様、ニッケイ新聞の事なかれ主義が良く現れている記事。
 中沢現会長が名指しで批判したりしているのを、波風を立てまいと意図的に具体名を書かなかったりしているのだけれど、極めつけは最後のオチ。「誰も、県連を二分することは望んではいない」。「誰も」って、誰よ? 「(ニッケイ新聞編集部では)誰も」の意味だったりして。あるいは、「(県連メンバーは)誰も」なのか? 県連構成員全員に聞いたのか? 中沢さんが名指しでメンバーを批判しているというのに? はたまた、「(コロニアでは)誰も」とか「(各県人会会員は)誰も」なのか? 「UNENをつぶすな」でも書いたとおり、こういう「どこかコロニアの総意」的な「俺はコロニアの意を受けているんだ」という香りを漂わせた報道側の立場って、どうなんでしょうねぇ。私の周囲では「誰も」ニッケイ新聞社から取材を受けてませんよ(笑)。なのに総意ですか? そうですか。やっぱり私は「コロニアの外」ですか。こうして、コロニアは空洞化し、新聞記者も含めた名士さまたちは、「共同幻想のコロニア」の中でやりたい放題。良かったですね。
 …という嫌味はともかく、こういう記事も、読者に対する情報操作の一例じゃないでしょうか?

2006.03.15
【ナナメ読み】
コロニア人@岡村淳日記
 樹の会のことを書いていて、「そういえば岡村淳さんは、コロニア(人)ストーカーじゃなく、移民ストーカーだったな」と、漠然と思いつつ。というか、「コロニア(人)ストーカー」だったら、軽蔑してたかも(笑)。で、「移民」ストーカーになるきっかけの一端が、この日記に書かれています。そう言えば人物こそ違え、私も「コロニアの名士」の方々とは、同様の経験がいろいろありました。
 原稿料を等価の現物(訪日航空チケット)で支払うといって、すべて手配した上で支払わなかった某社社長とか(手続き上、私に支払い義務が発生。この社長は私がブラジルに帰ってくるとは思わなかったらしい)、100周年事業がらみで訪日用資料の作成を依頼してきて、日本政府から助成金が出ないとトンズラしたこういう名士もいました。もっとも、同様の手口で2回もだまされる小魚並みの脳みその人は、たとえ「失敗移民(岡村淳的意味での表現)」であっても少ないわけで(俺だよ、俺)、これが日系コロニアの過疎化の原因かと(笑)。それが理由で、コロニア事業は対日的なもの(助成金その他)に移っているんでしょうねぇ。日本の役人の脳みそは、小魚ちゃんなのかな?
 そして樹の会(私が関係した「名士」は樹の会には参加していない)が、過疎化したコロニアを再構築するという。日本語新聞がけっこう大きく報じたので巷で期待が高まっているのかと思いきや、そうでもないみたいですね。ま、そういう意味では日本語新聞の紙面割の判断基準ってのは、「オピニオンLeader」としての自覚に拠るのではなくて、「名士さまのオピニオンのReader(出版顧問)」という立場に拠っていそうですけど(笑)。

2006.03.14
【ナナメ読み】
日伯交流協会の記事と連載@ニッケイ新聞
 楽しく読んできた連載なんですが、ようやく、やんわりと費用に関しても触れています。で、7面記事が良い意味で補足。さらに「記者(ペンネームですが)の目」も。それぞれにフムフムと頷きながら、すべてに目を通すと、「交流をしたがる人たち」という、個別に読んでいた時とまったく異なる考えが浮かんできた。なにかこう、一方的に交流したがっているという日本人像。私だって今でもそうだし、「自分の意志」でブラジルに来た人、そしていつかはブラジルや両国の関係に貢献できると信じて何かをするってことでは当然ですよね。
 だから交流の「場」そのものじゃなくて、両国で交流をしたがっている人たちの接点を増やすこととか、コミュニティー形成の方向に動いて欲しいなぁ…とも思うのだ。交流協会の一部のOBの方々がやられているような。で、協会という場を離れてどういう風に国と国とのコミュニティーへと高めて行くのかとか、そういう問題もあって、そういう方向できっと、岡村淳さんあたりも参加されているのだと思う。
 ちょっと立ち止まったことが、かえってよかったのかも。

2006.03.13
【ナナメ読み】
「若い頃から貧しさ故に物をひったくるという心の貧しさは、悲しいものがある」@ニッケイ新聞オーリャ
 いい加減、連載記事同様になぜ実名にしないのか分からないニッケイ新聞のオーリャ欄ですが(それなら連載だってペンネーム主義の匿名にしとけばいいのに)、ちびっと反応。匿名性を楽しむコーナーになっているわけでもないわけで、ここがペンネームである理由をあえて言えば、実名では書けない恥ずかしい主張のコーナーであるという新聞社の社内事情ですかね。でも、それを割り引くとしても表題の部分はちょっとひどすぎ。
 この理屈で言えば、こういう主張も可能になる(原文は日本語的に不適切なんで、ちょっと並びを替えています)。「豊かさゆえに若い頃から何でも金で解決して大人になっても金で買えないものはないと嘯いて企業買収しまくるという心の貧しさは、悲しいものがある」。つまりはまぁ、単なる情緒的な定型文だと言いたい訳ですが。心の貧しさってなんですかね。それに、貧しさゆえにひったくってるんでしょうか。そもそも、その貧しさって絶対的基準ですか? この表現、朝日新聞の珊瑚事件を思い出させますね。
 思考回路の貧しさ故に貴重な紙幅をこのようなコラムでひったくるという日本語新聞編集部の心の貧しさは、(安いとは言えない日本語新聞を購読する側にとって)悲しいものがある…わけないです。毎日楽しみにしています(笑)。

2006.03.10
 昨日のナナメ読みで「コロニア中堅企業家」と書いたのは、サンパウロ新聞の表現そのままなのですが、「日系中堅企業家」という表現と明らかに意味が異なるわけです。「日系コロニアの皆さん」と呼びかけるのと、「日系人の皆さん」と呼びかけるのも、対象が明らかに違う。日系団体のリーダーとされる人や団体(当地の日本語新聞社も一応、日系コミュニティーのオピニオン「リーダー」を自認していますからな…)が、どういう意図(読者や相手の感情操作の目的)で、こうした言葉を使い分けているのか、私たち一般人としてはもっと注意を払う必要があるでしょうね。
 これは、ひととき流行語になった「コロニアの総意」という言葉も同じです。
 ブラジル日系コロニア(全国規模の単一植民地)というものがあるということを前提とするならば、その総意を得てその中心地(サンパウロ)に箱物を作ることが許される。しかし実際にはコロニアなんてあったとしても地域限定で、そういったコロニアのコミュニティーが存在しているだけなのですから、総意なんてものがあるわけがない。だけど、日系団体のリーダー達は、全国的なコロニアが存在するという共同幻想を抱いているので、ありもしないその総意(実際には日本政府からの助成金)を求めて、侃侃諤諤となったわけですね。
 「コロニアの総意」という言葉が当時の総領事から出てきたとき、日本語新聞の記者も含めて「事実上の門前払い」と考えた人は少なくなかったと思うのですが。ただ、完全に断られていはいないんで、つまりは「樹の会」みたいに「コロニアが崩壊」していることを認めて、言い換えれば文協を助成金の受け口として不適当な(崩壊したコロニアの現実を反映していない)ものと位置付けて金の流れをご破算にし、改めて「(対日本的に)コロニアを再構築」するなら、再構築した樹の会に助成金が出るという目論見なんでしょうな。そういう文脈で考えると、「コロニア中堅企業家」というサンパウロ新聞の表現は、非常に意識的(かつ恣意的)に選択された言葉であることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

2006.03.09
 睡眠時間激減中で更新が滞っています。すみません。
【ナナメ読み】
「樹の会発足」@ニッケイ新聞とサンパウロ新聞
 9日付の両新聞によれば、百周年委員会が存在するのに、もろもろの人たちが集まって「樹(き)の会」を発足した。名簿には中沢宏一さんや谷広海さんの名前も…。
 サンパウロ新聞の記述によれば、「二、三世と手を携えて」百周年、ひいてはコロニアを支援するっていうのが趣旨らしいです。でも、文協会長選の時の谷さんの候補人名簿同様、現メンバーはほとんど一世なんですよね。二世たち(今の百周年委員会)と手を携えることができない人たちが、どうやってこれから、さらに多様な(サンジョアキン街にとらわれない)日系コミュニティーの人たちと手を携えることができるんでしょうか。
 そのあたり、ニッケイ紙、サンパウロ紙ともに、一切触れていないのが笑えます。
 それで樹の会が言うような、「若い世代も含めた日系社会の活気ある再構築」って、ギャグですよ。かねてから主張しているように、日系社会が存在していない(崩壊している)ことを認めているだけでなく、それをもう一度作り直すというのですから。何度も言うように、コロニア(植民地)とか社会とか、そういう地理的関係で日系人をまとめようとするのは無理じゃないでしょうかね。サンジョアキン界隈とか、そういうくくりを除いて。でも地理的にまとめないと(つまりブラジルの国土全体を日系コロニア=日系植民地=として括らないと)、「役員のひとり勝ち状態で儲かる団体が作れない」ってことなんでしょうね。コミュニティー化して、各地でそれぞれ儲け始めると、ピンはねもままならないですから。百周年ですらパラナとサンパウロは別行動で、サンパウロ側委員会の役員にとっては儲け半減ですしね(パラナはむしろ、サンパウロにピンはねされる分を取り戻したってことですな)。商売って大変ですね、「コロニア中堅企業家」の皆さん。
<以下、参考にどうぞ>
ナントカ協会のできるわけ@五反田ではたらけ!エロ社長の日記

2006.03.02
 皆様、お元気でしょうか? 今年のカーニバル取材は、例年を上回るトホホな事件の続出で、すっかり疲労困憊です。更新が滞ってごめんなさい。とりあえずは、ブラジル・サイトに乗っけはじめてるんでそちらの写真をご覧下さい。
【ナナメ読み】
天野鉄人氏 ジャパンセンター説明会@ニッケイ新聞
 いやぁ、すごいですね。↓こんなことを書いているまさにその時(23日夜)、お向かいさんの地権者こと天野鉄人氏は、こんな企画を混ぜ返して、説明会を開いておられたんですね。土地の有効利用にむけて、まだやる気十分です。サンパウロ新聞の鈴木編集局長が噛み付いているのは、ちょっと意外。それ以上に、県連関係の新聞報道では現県連会長と確執があるように書かれることの多い吉ヶ江ネルソン氏が、天野氏のブラジル側コーディネーターだというのに、もっと驚きましたが。ジャパンセンター構想のはるか昔、県連センター構想時代のつながりなんでしょうかね。ちなみにサンパウロ新聞が報じた、「定款改正気運盛り上がらず」記事中の土地を巡っては、「天野氏とは無関係じゃないかなぁ…」と、日本語新聞のある記者がおっしゃってました。
 ちょっと笑えたのは、「私がいなくなれば百周年は大変なことになる」というご発言。コロニアではよくありますね、これ。ま、「それでも地球は回る」んですが。大変なことの中身が、地球がなくなるということであれば、それもまた良し、なんじゃないでしょうか。後任が育っていない、ということなんですから。つまり天野氏の発言は、彼が不死であることが前提だし、生物学的な制限から亡くなってしまったらどっちみち終わりってことでしょう。じゃぁ、今のうちに「いなくなって」いただいて、地球がなくなる前に早く後任を育てるという考え方でも良いわけです。ま、そんな屁理屈は別にして、天野氏も67歳だそうですから、夜間に何時間も壇上でパフォーマンスするなど控えて、心の安静を保って健康には注意していただきたいですね。だって、お亡くなりになったら「百周年は大変なことになる」んですから。

(2006年2月はこちら

 

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