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安けりゃいいのか?

2003年1月6日

サンパウロ在住 美代賢志

 かつて、海外日系新聞協会の年度寄稿で、「各国の日本語新聞社が、それぞれの特徴を生かして連携してはどうか」といったことを書いたことがある。それは例えば、ブラジルの日本語新聞をブラジル国内で印刷する必要があるのか、ということであった。隣国で印刷して国際郵便で発送した方がトータルコストが安く、かつサンパウロから発送するより早く到着するなら、数ヵ国の日本語新聞が共同出資して、印刷と発送を行う印刷所を開設してコストを抑えてはどうか、ということである。

 香港から日本向けにDMを発送するという話を知ったのが、このアイデアのきっかけとなった。

 自社の編集部における評価は散々(というより、目を通した人自体が私以外に1人)であったが、当時、対抗紙のデスクだったK氏からは、「考えとしては面白いね」というコメントをいただいた。この人が数年後、私の上司になろうとはその時は想像もしなかったが、「単なる妄想以上」という評価をいただいたことは嬉しかった。

 新米の一記者だったその当時は知らなかったけれども、新聞社が自前の印刷所を持つということは「日銭」が入るという点で、非常に重要なことであると後に知った。生産コストを優先して税制や人件費などで有利な国に各国の日本語新聞社が共同で印刷所を持つというのは、新聞事業以外の収入を失うという点で、実は大きなマイナスになる。極端な話、印刷所さえ自社内に確保していれば、競合他紙を印刷して稼ぐという離れ業も可能である。

 日本の製造業が怒涛のごとく中国に移転したことを想起する時、これがどのような方向を向いているのかということの、指針のひとつにはなるだろう。

 ある出稼ぎ斡旋業者の話では、「2001年から02年半ばにかけて、これまでブラジル人を雇っていた工場が中国に移転した」という。この先、在日ブラジル人はどうなるのかと心配していたら、「日本人だけで操業していた工場がブラジル人を雇い始めた」と話している。全体として、底が抜けて一段ずれたというところか。

 世界が中国に注目している。

 これはブラジルから遠望している私よりも、日本におられる読者の方や、実際に製造業に携わっていおられる方々のほうが実感されているはずだ。もちろんブラジル企業だって、中国に目を向けている。ところが、ブラジルの経済紙などで報道されるブラジル企業の姿勢は、日本の企業と少し違う気がする。私の専門外であり、直接担当者にインタビューしたわけではないので、報道からの憶測として書けば、「ブラジルの企業は中国という市場に注目している」ということになるだろうか。

 あまり知られていないのだがブラジルには、世界第2位の航空機メーカー「エンブラエル」がある。2002年末、中国国内に中国企業と合弁工場を設立することで調印が行われた。この工場では、まず中国市場向けの航空機を製造する。続いてアジア向けの生産に移るという計画のようだ。この場合の中国の位置づけとは、アジア戦略の基幹国というものだろう。これはちょうど、世界の企業が南米戦略の基幹国としてブラジルを位置づけていることの対になる。アメリカ自由貿易圏(FTAA)を視野に入れてもっと広く解釈すれば,、ブラジルは国家戦略として西半球を国内の企業で、東半球は中国の進出企業を軸にカバーするということだ。この点で日本は、アジアの経済機軸としての地位を失った。

 ブラジルの日本語新聞における印刷所のような、製造技術というある意味でのドル箱を失った後の日本は、どのような姿になるのだろう。「日本は細かい仕様を要求してくるが、支払いは渋い」とは、多くのブラジル人企業家の意見である。逆に言えば、日本は安くて品質の良い国なら、どこからでも商品を輸入するということだろう。でも結局は、安い国から安く買い上げるという国づきあいでしかなかったのではないか。

 私には、私がかつて想像した「日本語新聞のコスト削減」同様の路線をひた走っているように思える。そこでは、コストがすべてを支配している。安物買いに走る日本は、デフレに陥って当然だと思う。しかし、仕入れ先の「ビンボー国」もいつかは給与水準が上昇する。その時、日本の支払能力が上昇していないとすれば、どのようなことになるのか。そうでなくとも日本で流通している商品は、給与水準との比較でみれば「非常に安い」のである。今後、給与以上に物価が上昇してゆく日本の姿を、あなたは想像できるだろうか。

 安くてよい品を求める、つまり商品のもつ正当な価値を値切る日本の風潮は、日本という国を安くしてしまったのではなかろうか。

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