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ここはブラジル

2003年2月11日

サンパウロ在住 美代賢志

 先日、あるお方のお誘いでカラオケに行った。カラオケ、といっても日本のようなカラオケボックスではなくて、いわゆる「スナック」のようだ。「ようだ」と書いたのは、日本のスナックには1度だけ、出稼ぎの斡旋会社で通訳をしていた時に付き合い(といっても私の入社歓迎会をかねていたらしいが)で無理やり行かされたキリで、よく知らないからである。その時は、乾杯だけ付き合ってさっさと帰った。それっきりだから他でもそうなのか知らない。でも、その感じに似ている。

 ちなみに、この時に乾杯のビールをコップ1杯飲んで飲酒運転して以来、アルコールを口にしてから8時間以内に車を運転したことはない。当時は送迎という業務にも関係していた以上、どこかで線を引かねば「未必の故意」と言われても仕方あるまい。その時の習慣が身についてしまったので、今でもそうしている。それが悪いものでない限り、1度決めた線引きを改める必要はないはず。

 さて、ブラジルのカラオケにも、私はめったに行かない。ポルトガル語が話せるようになってからの傾向だが、こちらから言わなければ日系人と思われるのが面白くない。つまり、日本から来た重役を接待する若い日系人と思われてしまうのだ。良くも悪くも、店の女性は普通の日本人のように相手をしてくれない。ま、それはともかく。

 今回も例に漏れず、日系人と思われてしまった。なぜなら、横に座ったオネーチャンが真っ先にそう訊いたからである。

「あなた、2世? 3世?」

「なぬ、予は日本人じゃぞ!」

「ホント? 日本人ぽくないわよ! それで結婚してるの?」

「この結婚指輪が目に入らぬか!(それにしても、日本人ぽくないとはどういうことだ?) それから…こらこら、午後10時以降はアルコールは飲まんから水だけなの。ウィスキーは入れなくてよろしい。だいたい、あまりくっつくな! 結婚しておると言ったであろう!」

「良かった! アタシも結婚してるの。だから変な日本人のお客さんって嫌なのよね。あなたはそんな感じじゃなかったから!」

「おいおい、そんなことが許されとるのか!」

「キャー、結婚してるってお店には言わないで! ヒミツよ。でもあなた、そんなこと気にしないでしょ」

「気にしておるのはそんなことじゃなくて、お前のダンナのことじゃ! あほたれ」

 で、話を聞いていると結婚まではしておらず、お付き合いの最中らしい。しかも相手は日系人。そしていつものパターンで、店の女性たちの人生相談所になってしまうのであった…。

「相手の両親は、日系人か日本人しかだめだって言うのよねぇ…」

 というのに始まり、他の女性の中には

「相手は日本人(駐在員)なんだけど、奥さんと別れるとか言うのよ。でも、本当に分かれてくれると思う?」

 などという者もいる。もう一歩踏み込んで、

「○○さんは、他に女性がいるんじゃないの?」

 と訊いてくるオネーチャンも。「知るか! だいたい、別れるわけ無いだろ!」と言ってやりたいのだが、ぐっとこらえて一応、まじめに返事をひねり出したりする。女性に夢を持たせ、かつ重要なことは何も言っていない、というのが上手な返事。まるで手相占いではないか。ま、どうせ私を連れてきた人もオネーチャンとのお話しに夢中で、私がいるということすら忘れているのだ。素面で水だけ飲んでも悲しすぎる。しかし…こんなことをしているから余計、身の上相談をされてしまうのだが。ところで…こういう場合、時には実名が出てきますので駐在員の皆さん、女の子にはよく言い含めるよう注意してくださいね。

 さて今回は、

「相手の両親が日本語しかできなくて、日本人(あるいは日系人)じゃなきゃだめだって言うのよ。ここはブラジルなのに」

 と言う。

 確かにブラジルに来た頃、日系人も含めてブラジル人から、「ここはブラジルだよ!」とよく言われた。

 それは「だからポルトガル語で話しなさいよ!」というものから、「だからもっと自由な生活をしなさいよ」というものまで、こちらの生き方を否定するものから肯定するものまでさまざま。

 ふと、日本で出稼ぎの通訳をしていた頃を思い出した。

「ウチは日本にある日本の企業なんだから、それにあわせて働いてもらえれば良いのですよ」

 そう言われたことがある。

「それなら、ウチの従業員はすべて辞めさせます。ブラジル人を雇うということを、もう少しポジティブに考えられてはどうですか。単なる安い労働力じゃなくて。そこから何か、得るものがあるかもしれないと思わないですか。そのための通訳だと思って、私を利用していただきたいのです。ブラジル人の従業員だって、現場で働いているからこそ、あるいは別の価値観をもっているからこそ、会社を良くするアイデアがあるかもしれないのですよ。言葉の壁でそのアイデアが眠っているとしたら、もったいないと思いませんか」

 さすがにこの話は、本社からは「何て生意気なことを言ったんだ」と怒られた。「派遣の契約を切られたらどうするんだ!」という。しかしこの話には、派遣先の人もブラジル人従業員も、どちらもが喜んでくれた。

 さて、件の女性はバツイチらしく、以前も日系人と結婚していて日本へ行ったことがことがあるそうだ。「日本での習慣がつい、出ちゃうのよね。何かとお辞儀したりして(笑)」

 「日本だからとかブラジルだからとか言わずに、お互いの良いところを取ってくれば良いんじゃないの。日本に行って、ブラジルには無い日本の良い習慣を身に着けて帰ってきたんでしょ。それを捨てる必要は無いわけ。同じように、相手のご両親に日本文化を捨てろと強要するのもおかしいよ。日本にいた時も、ブラジル人の良いところまで捨てなかったろう?」

「あ、その話、私も賛成!」

 異文化の真っ只中にいる移民、とりわけ1世は時に、「日本人であることを捨てざるを得ない」という気分になることがある。それが国際化と美化されて表現されるとしても、結局は自分の生き方の問題、自己満足の領域になれば、自分自身で心の整理をつけるしかない。そのためにも、「自分の中の日本人」が何なのか、見失わないようにする必要がある。そしてその一線は、必ず守り通すだけの気概もいる。そうでなければ、単なる「世界の浮浪者」であろう。

 それにしても、こうして外国人が日本人の特長を身に付けるご時世。気がつけば外国人に、「あなたたち、日本人なのに日本人らしくないよ」と言われる日が来るかも知れない。それはまるで、この日の私のように。このブラジル人女性が日本で身に付けたという「日本的な良いところ」は、何だったと思いますか? 自分の中の日本人。これは何も、外国に住む日本人だけの問題ではない。


補遺
 ちなみに上の本文だけで分からなかった人のために加筆しておくと、オネーチャンが私を「日本人らしくない」と言ったのは、「店に入るなり(どのオネーチャンを呼ぼうかなぁ〜 はぁと〜)なんてキョロキョロしなかった」から。「だって、日本人は世界でも有数のHな民族なんだもーん」と、オネーチャンは言ってました。「日本人らしさ」って、そういうことなのか?

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