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夢多き移民

2004年10月13日

サンパウロ在住 美代賢志

 久々に、M氏と東洋街へ飲みに行った。このM氏というのが父親というほどではないにしても、けっこう歳の離れた間柄なのだけれども、まぁ、お互い精神年齢は小学生並じゃないかという感じで意気投合、の仲である。

 で、たまたまそこでご一緒したのが、Yさんという、まぁ、往年の?営農者。働き盛りの時が、バタタ(ジャガイモ)景気と重なっていた。このバタタ景気というのは、今還暦前後の農家にとっては、ブラジルの農業が最高潮だった(と思っている)時代。「俺の人生は農業よ。農業のために人生を賭けとるんじゃ」というのがYさんの口癖。この日は、例によって例のごとく?「1000人切り」の話を拝聴した(笑)。

「専用のノートを作ってな、名前と、あそこの所の毛をもらって貼り付けるんじゃ。同じおなごがダブっちゃいかんからな」

「はぁ…」

「それでな、素人のおなごには手を出しちゃいけないんだ。で、あそこの毛を抜くとな、女の子はそりゃ怒るわさ。痛いから。でも、この意義を説明するとな、みんな喜んで提供してくれる」

「なるほど…(で、間違ってもその意義って何なのかという質問をしてはイケナイ)」

「でも、毎日でも3年近くかかるんですよ。飽きないかなぁ…。普通はほら、1人だろうと2人だろうと、その後にむなしくなるもんでしょ」

 …とは、M氏。

 まぁ、バタタ景気というのは、それぐらいの道楽ができるほどすさまじかったようだ。私が10年前に取材した例でいえば、「最近まではね、政府から農業融資を受けるだけで暮らせたから。例えば農業融資を受けていれば、小麦3俵で借金の返済をしてさらにトラクターが買えた」という、農業機械の販売店のオジサンがいた。大規模な農業融資を受ければ、それこそ「農作物を商品として流通させなくても暮らせた」という人もいた。農業融資の貸付金利がインフレをはるかに下回っていたので、返済時にはただ同然…という美味しい時代だったようだ。で、そういう時代にそういう農業をやっていた人は、政府の農業融資の打ち切りと同時に軒並み破産している。農業で利益を出していたのではなく、金利差で儲けていただけだから当然か。「政府が貸してくれるといってるんだし、返済時はただ同然。焦げ付いても文句は言われない。借りないほうがバカ」と言っていた、Yさんもそのひとりだ。Yさんは現在、「ブラジル国内で金を借りると金利が高いので、日本から融資をしてもらおうと奔走している」という。もちろん、色よい返事はない。だって、もし私が日本の投資家なら、Yさんに投資せずにブラジルの銀行に投資するよね。

 だから、そのYさんが目の敵にしているのが、米国(とその資本主義)らしい。

「大豆なんて、アメリカのメージャーに抑えられて我々農家は何もでけん。日本人移民の農家に日本政府が融資するのが最善。そうしなけりゃ、この先、日本の食糧確保もおぼつかない」

 これが、彼の主張である。だから、「やっぱりアメリカの資本主義って、悪いところは悪いと評価されてつぶれるし、だから借りたほうも一生懸命になって返済するでしょ。利益率が大事って感じで。もちろん投資家もバカじゃないから、長期的に見て儲かるなら短期的に損失だろうと金を出すところもあるだろうし。やっぱりさ、農業もそういう時代だよね」という意見には猛反対なのだ。

「今に見てみろ。アメリカ式じゃ絶対に上手く行かない。日本式経営の時代が来る」

 というのがYさんの信念である。そのYさんの主張する日本式経営というものも、ビールを媒介に聞いていると、何度聞いていても良く分からなかったりする。ただ、すでに日本の公的機関からの融資を受けて踏み倒した経験のあるYさんにとってはつまり、日本の資本家や公的機関がそういう風にリターン度外視でお金を使ってくれるのが、日本式経営の正体であるような感触だけは伝わってきた。

 ブラジルの農務省関係者の話を聞いた限り、バタタ景気の再来はもう、絶対にないと思う。そして農家には、かつての農業融資のような錬金術ではなく、資本主義を求めるというのが政府の判断。これが現在のブラジル農業の強さにつながってきていると思う私は、Yさんに言わせると「アメリカ資本主義の手先だな。日本人として、そんなことを主張して虚しくならないか?」らしいです。

「ドル建て、あるいは円建てで日本から融資を受けてさ、レアルが暴落したらどうするの? それを補償できるという裏づけがあるわけ?」

「そんなこと考えてたら、農家はでけんよ。俺たちは土を耕すのが本分!」

 …そうそう、ポルトガル語では「愚行」のことを、バタタとも言う。

 愛すべきYさんが、農業で再び力強く羽ばたく日の到来することを、祈らずにはいられない。

曇り空だったりもするが、日が出れば良い気候になってきた

※ちなみにブラジル政府は農業融資を打ち切ったわけではなくて、事業計画(過去の負債の清算計画と今後の生産事業の見通しなど)を明確に提示できる農業組合に対しては、積極的に融資しています。

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