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法ハ神聖ニシテ侵スベカラズ

2005年5月4日

サンパウロ在住 美代賢志

 サンパウロ州憲法の日本語訳文のデジタル化作業を手伝ったのをきっかけに、共和国憲法の改正部分を、急遽翻訳することになった。サンパウロ州憲法の方は改正前のものだったのだけれども、入力作業の都合上、全文を読んだというか目を通し、微に入り細を穿って書かれているのにちょっと驚いた。昔、日本国憲法を暗記させられたけど、こんなに細かいものだったっけ?と思った。それで、共和国憲法のほうは…いやぁ、すごく改正されてますね。このいわゆる1988年憲法は、1996年3月1日に荒木進さん(故人)が翻訳・出版された日本語訳があって、当時、縁あって荒木さんからサイン入りで戴いたものが自宅にある。

 荒木さんが翻訳自体をはしょった部分もあるのだけれど、改正部分を見ると、やはり、88年当時のものに説明がややあいまいな部分が多いようだ。

 改正は、88年憲法の項目の注釈的なものを新たに付帯項目としたものから、純然たる追加事項まで様々で、人は法律の下に平等であるが、人が法律を作る以上、法律にもまた不備があるのだなぁ…ということを、あらためて実感した。

 決して、法は神聖にして侵すべからず(注:侵してはならないという意味ではなく、意図はどうあれ侵すこと自体が不可能であるという意味)ではないわけです。まぁ、これだけ細かく規定していたら、それこそ時代の変化や度忘れで、後から追加したり修正したりすることも必要だろうな、と思う。例えば、帰化したブラジル国民と生まれつきブラジル国籍を有するブラジル国民を分けてはならないとしながらも、大統領など、いくつかの職業が生まれつきブラジル国籍を有していたブラジル人にのみ認められた職業であると規定している。この項では、88年憲法に対する修正として、国防大臣が加えられた。これなど、88年憲法の制定時は軍政だったことから、国防大臣=政治指導者層という観念があったのか、「うっかり忘れてた」という感じがして面白い。

 この翻訳作業と偶然の時間的一致で、文協会長選で谷広海候補があれこれと文協の定款改正について訴訟にまで訴えるのを知り、また彼の主張を当地の日本語新聞で読むにつけ、法律に対する日本人とブラジル人の意識の差というものを、図らずも実感してしまった。

 二世を中心とした現在の運営人からすれば、法律は守るためにあり、そのために必要であれば付帯的説明を加えるのは当然という立場(意識)だろう。一方の谷候補は、日本の第9条の議論と同じように、現状で書かれている法律が玉虫色に解釈できるものであろうと、御神体としてお祭りしておこうという立場(意識)に思われる。だから、「こちらから見れば別の色に見えるのに、相手側の玉虫色で説明を加えるなど、言語道断!」というわけだ。法律は、それを遵守する必要があるのではなく、大事にお祭りした上で勝った官軍が解釈するればよい。だからどちらが勝とうが、法律違反にならない(だから日本人は訴訟が嫌いともいえるのかな)。ただ、今回は当初の目論見が外れて1次投票で勝てなかった。そこで、一度は認めた相手の玉虫色をご破算にして、第三者(裁判官)に色を決めてもらいましょうということではないのか。

 あらためてブラジル人側から言うならば、法律は守るためにある。それが選挙直前であろうと、不備は不備として、玉虫色にならないように改正、あるいは補足すべきだ。問題は、そのプロセスが民主的かどうかということ。今回は、すべての候補が出席する中で、提案と決定がなされたと日本語新聞は報じているのであるが…。

 こういった相手への配慮を欠く「感覚の違い」を踏み違えて互いに自分の立場から一方的に相手を非難してきたのが、これまでの一世と二世の世代の断絶の根本的な問題ではなかったのか。もちろん谷候補だけが非難されるものではなくて、二世側も一世的感覚の谷候補に対する配慮がなかったことを理解しようと努力すべきだ。彼らの感覚を理解できない谷候補にとっては、空を掴むようで辛かっただろう。

 一世と二世の、両極端ともいえる文化的素養を身につけた「バイカルチャー世代」が文協運営陣に登場するのは、いつだろうか。ただ、バイカルチャーな人には文協という団体自体が不要というのも真実だろう。つまり、モノカルチャーな人だからこそ、自身の属するモノカルチャーを擁護する団体を必要としているということ。その意味では、日系モノカルチャーと日本モノカルチャーがしのぎを削った今回の文協会長選というのは、文協的には非常に素直な現象と言えるのだろう。ただし、外野的にはうんざり。てか、当事者のほうが、もっとうんざりしてそうだ。

 文協はこれから、どのモノカルチャーを向いて進んでゆくんだろう。

さぶさぶのこの頃なんで、せめて写真で青空をどうぞ

 バイカルチャーというモノカルチャーを作るしかないという気もする。といっても、それがどんなものなのか、ゼンゼン分からないんだけど。

※ 「提訴にしろ、むしろ、相手側のブラジルスタンダードで谷候補は戦ったんじゃないの? しいて言えば、バイカルチャー人間だよ、彼は。そのバイカルチャーを、谷候補=日本モノカルチャーという幻想を抱いている(美代を含む)モノカルチャーな人たちが、理解できなかったってことだと思うが」というご指摘をいただいた。なるほど。

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