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興味本位の皇室取材(1)

2003年8月12日

サンパウロ在住 美代賢志


 2001年に今はなきJapanBrasil.comで掲載したコラムを、一部加筆修正の上、再掲した。

 面白くなくても大切な記事はあるかも知れない。それ以前に、センセーショナリズムじゃいけない。でも我々にとって興味本位って、基本のような気がする。

 「君は平素、興味本位主義などと公言しているが、それはいかん。面白くなくても大切な記事はあるんだぞ。新聞というのは、そんなに軽いもんじゃない」と以前の会社では大先輩から、飲み会ごとにお叱りをうけた。ネチネチした叱責に反省…なんてするわけがない。我々にとって興味本位って、基本だろう?

 こんなことを久しぶりに思い出したのは若い記者と話していて、「内親王と両陛下の取材を経験したなんて、スゴイ時代に記者をやってたんですね」と言われたからだ。過去形で言われると、ちょっとツライ。それに今だってスゴイ時代なはずだ。もちろん、すごいというのはこんなドタバタのことじゃないぞ。

 さて、その皇室取材の話。

 日伯友好通商条約締結100周年を記念して95年11月、紀宮清子内親王がブラジルを訪問された。皇族の方を自分の目で見るのは、この時がはじめてである。それで最初の驚きは、「動かない」ということであった。テレビで拝見する限り、手を振ったり、お声をかけられたりと、そんな動的シーンばかりである。でも実際は、不必要な動作をなされない。

 ブラジリアで行われた式典で、カメラ目線になっていることに気づいた。最初は慌ててシャッターを何枚か切った。

「あれ? まだこちらを見てる」

 ということで、急いで望遠レンズに2倍のテレコンバーター(より望遠撮影ができる装置)を装着。アップでさらに数枚撮影した。それでも視線がこちらに来ている。気づいてからおよそ5分も、視線を頂いた。この理由は後日、パンタナールで明らかになった(と勝手に解釈している)。

 それはつまり、大湿原で内親王がお使いになったカメラメーカーが、私のものと同一だったのだ。世界広しといえども、報道分野でこのメーカーを使っているのは私ぐらいだろう。しかも内親王がお使いになったのは普通の望遠ズームであった。遊覧船上からでは、満足な野鳥撮影は困難であられたと思う。私の望遠レンズを眺めながら、「あれを持って行ければ」とお考えになられていたのだ(と、繰り返すが勝手に解釈している)。もちろん、そうと知っていれば私の望遠レンズぐらい、喜んで奉呈させていただいたのに。

 そんなことから、内親王の動作に注目した。式典は、2時間半を超えた。この間、立ちっぱなしの内親王の履物の位置は、挨拶で向きを変えられた以外は動かなかった。これが屋外で雨だったなら、履物の下の地面は乾いたままではないかと思えるほど。

 それでこの夜のブリーフィングではやはり、宮内庁の方にそこを質問した。

「何時間、動かずにお立ちになることができるのでしょう? あるいは今回のブラジリアにおける式典は、内親王が立っておられた時間がもっとも長いもの言えるのでしょうか」

 もともと、ブラジル政府側の計算でも、これほど式典が延びるとは予想していなかったのである。結果的には、われもわれもとブラジル政府関係者が挨拶したために、式典が長引いた。であるからして最長記録などということになれば、我がブラジルは、非常に礼を失したことになる。それに式典中、屋外の駐車場の自動車の盗難アラームが鳴り出す始末である。

「あの、アラームに関しても何か、コメントされましたか? うるさかったとか…」

 すると宮内庁記者クラブに所属する記者の方々は如実に、いやな顔をなさるのだ。まるで「何時間だっていいだろう。皇族の方々は式典の間、動かないのが当たり前だ。田舎モンのブラ公が!」みたいな感じである。それは、「記者クラブという聖域に踏み込みやがって。日本の流儀を知らぬ紅毛碧眼の外国人ならともかく、コイツは日本人やないか。興味本位でヘラヘラ質問するな。頭が高い!」ということだったのだろうか。

 ブリーフィング後、クラブ所属の記者のひとりが私に「何時間というのは、記者クラブの私たちにも分かりませんね。ただ、蚊が止まってもパチンということは無いはずです」と説明してくれた。でも知らないならなぜ、聞かないのであろうか。宮内庁記者クラブにいるのに、皇室について知りたいという興味が湧かないのだろうか。

 それでこの式典のシーンは、すごく印象に残った。常人離れしていて「さすがに皇室」との感銘をうけた。ブラジル人記者や式典に出席したブラジル政界のお偉方も、同じ感想であった。だからブラジルのメディアも、無駄のない超然とした立ち居振る舞いを大々的に報じた。日本人として生まれたことに、胸を張りたい気持ち。

 でも、ブラジル人によるそんな賛嘆の声を伝えた日本のメディアは、なかった。

 写真は、サンパウロで日本工業技術展の開会式に出席された内親王。向かって右横は通訳をはさんでカルドーゾ大統領、さらにマリオ・コーヴァス・サンパウロ州知事(故人)。左端には、パウロ・マルフ・サンパウロ市長(当時)がいる。巨漢に挟まれながらも、内親王にはそれに比肩する存在感があられると感じられないだろうか?

つづく

サンパウロ市で行われた日本工業技術展開会式

 

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