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悩み(2)

2003年9月22日

サンパウロ在住 美代賢志

 子孫に映像を残すということを考えた場合、私が真っ先に考えたのはデジタルデータである。何しろ、原則的に画質の劣化がない。が、それにも問題はあった。少なくとも、私が認識しているマイナス面は以下の通りだ。

1) 記録媒体自体のバックアップが必要。
2) 記録媒体の再生装置がいつまで存在するかわからない(最新記録媒体への引越しが必要)。
3) 紙焼きに比べて検索の迅速性に欠ける。

 これらは当初、私の盲点となっていた。例えば、私が主力にしているCD-Rでは、メディアの保存性は20年程度ではないかという意見がある。私の手元にあるCD-Rでは、1年を経ずして反射面が剥落し始めているものもあり(カーステ用に録音したCD−R)、メディアの品質によっては20年どころか、さらに短いはず。もうひとつ、記録媒体として大容量のハードディスクや記録可能なDVDが登場しており、もし、音楽CDも含めてDVDへ一本化され始めれば、ドライブの将来性という点でも不安が付きまとう。もちろん、DVDだって新たな規格が登場すればCDと同じ運命である。孫の代まで、デジタルデータを保存できるのか? そもそも、定期的なバックアップ(あるいは最新メディアへの変更)が可能だろうか。何しろ、私の写真、娘の写真、そして孫の写真と、加速度的に写真は増える。それに伴い、将来の負担もどんどん増加する。果たして、そのような負担を子孫にかけてよいものかどうか。もし、最新メディアへの変更を怠り再生装置がなくなってしまえば、貴重なデータの詰まった開かずの宝箱と化す。

 デジタルデータを写真(紙焼き)にするという方法もあるが、それならもともと、フィルムで撮影すれば良いだけのこと。しかも、オリジナルデータの消失したデジタルの紙焼きは大きく引き伸ばすことができないが、フィルムならそれが可能。単純に言って、私の特殊な状況で判断する限り、フィルムの優位は変わらないと思う。

 次に、フィルム写真のマイナス面は以下の通り。

1) コスト高。
2) フィルムの供給と現像・紙焼きサービス存続に対する不安。
3) データの劣化は避けられない。

 さらに、ネガかポジかという問題もある。両者の関係は私にとって、以下のようになる。

1) 色の再現性:ポジ(良)>ネガ(不可)
2) コスト:ポジ(高)<ネガ(安)
3) 鑑賞への耐性:ポジ(高)>ネガ(低)

 3の鑑賞への耐性というのは、写真鑑賞における装置への依存度、ということ。ポジであれば当然、そのまま鑑賞できる。ネガ現像ができるミニラボがなくなっても、ポジならばスライドプロジェクターを自作することで大画面による鑑賞すら可能。

 つまり、ポジは色再現に優れて最悪の環境でも鑑賞できるが、コスト高だということ。しかも、フィルムが完成品というわけで、露出がシビアでどうしても無駄が多くなる。現在の私の経済状況では、現実的でない。

 そのようなわけで現在は、とりあえずネガをメインに妥協して、デジタルカメラで補足するという使い方をしている。デジタルカメラで撮影したものも、カットを選んだ後に紙焼きするのが前提だ。ネガは少なくとも100年程度は保存できる状態する必要がある。ネガカラーは色素で構成されているが、大丈夫だろうか? 子供の成長に合わせて利用しなくなったネガをある程度まとめて、密封状態で保存する必要性もあるかもしれない。最強の保存性を誇るのは、恐らくモノクロネガ・プリント+彩色だろう。あの、大相撲の横綱の写真に使われている技術である。しかし…、これはあまりにもマニアックすぎる。

 とりあえず現状では、デジタル写真のマイナス面が払拭される時があるかもしれないということで、ネガ情報もフィルムスキャナーで読み取り、デジタル化される。現状ではフィルムからデジタルデータは生成できるが、デジタルデータからフィルムは作れない。この点でも、フィルムが優位と言わざるを得ない。

 これから何年、少なくとも現時点では不毛としか言いようのない努力を続けることになるのだろうか。将来、私がブラジルの土になってしまった後、子孫の誰かがこの努力を評価してくれるとの期待だけが、心の支えである。

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