Home l 談語フォーラム l リンク l カタカナ表記について l サイトについて l ご意見

貴卑コラム l 作ってみようブラジルの味 l 迷訳辞典 l ブラキチさん いらっしゃい! l 何でもブラジルデータ

ネットワークな関係の時代(2)

2005年4月2日

サンパウロ在住 美代賢志

 この稿は、自分用のメモ。ネットワークな関係の時代の続編。

 クジラさんの件でニッケイ新聞日本語編集部に立ち寄ったところ…大先輩の遯ちゃんに捕まって赤提灯に連行されてしまった。

 で、やはり時節柄、話はブラジル移民100周年と文協会長選に。

「文協って、クラブ化すべきじゃないかなぁ…。法律問題とかあるとは思うけど」

「そう。俺もそう思って、昔っから言ってる。俺の案を披露しよう…」

 そう言って遯ちゃんは勢いよく論じ始めた。

「まずだな、文協の横の軍の用地を買う。それで50メートルのプールを作る。そうすれば、若い世代が集まる」

「でもさ、50メートルのプールを何人が利用できるのよ。100人も入ったらキツキツでしょ。高々、100人の人を集めるためにプールってどうよ」

「プールを魅力に感じる若者、1000人ぐらいは集まるだろ」

 ここで議論がすれ違っているのは、私が1度に利用できる人数のことを言っているのに対して、遯ちゃんは、プールを魅力に感じる人の人数のことを言っているためである。

 この文協ビルのはす向かいには体育大学があって、プールを一般に有料で開放している。その上、将来の水泳コーチを目指す体育大学の学生が授業までしてくれるというおまけ付き。50メートルプールでどれぐらいの集客能力があるかを知るには、設備の完備したこの大学プールを、何人の一般市民が利用しているのか調べればよい。

 少なくとも私は、高々、100人も中に入るとすし詰めになるプールに、会員となってまで(車では)不便な文協ビルに熱心に通いつめる若者がいるとは思えない。だいたい、ごく普通のアパートにもプールが設置されているご時世である。それ以上の魅力が欲しいなら、郊外のプール系のテーマパークに行く。だから遯ちゃんの言う1000人だっておぼつかない気がする。で、1000人分の会費だけで、将来の文協を支えられますか?

 遯ちゃんの話を聞いて、「日系社会の中の人はやっぱり、中心となる都市や施設があるという、地縁関係から抜け出せないんだなぁ…」と、思った。

 私の主張するクラブ化とは、ネットワーク化と言い換えることができるかもしれない。

 地方の人はその地域の文協に所属することで、その地域の様々なベネフィットを受けるのみならず、ブラジル国内の他の文協のベネフィットも受けることができるようにする。

 個人会員の受けるベネフィットとは、例えば企業会員であるホテルやレストラン、その他メーカーの製品などの割引も含めて、色々考えられると思う。企業側からすれば、顧客の囲い込みにもなる。企業会員として会費を払うより、寄付にしたほうが税制上有利というのであれば、企業の意見を聞きながら、会費と寄付のバランスを取ってゆくことも必要だろう。これ以外にも、観光地のレストランであれば、日本人が利用しやすい(求めている)サービスとは何かとか、日本人が満足するサービス(日本語その他)とは何かといったことを、文協が企業会員に講習するといったことも可能では無いか。もちろん、会議の開催や催しごとなどの開催に際して、会場利用費などで個人会員同様の直接的なベネフィットを、企業会員が受けることだってできるはず。

 こうしたベネフィットはこれまで(あるいは現在まで)、例えば地方の文協関係者がサンパウロに出張する際、「○○ホテルを利用するなら割り引いてもらえるよう、私から言っておいた」なんていう、文協会長などの個人的なネットワークに依存する比率が高かったと思う。これは、世代交代を阻害する一因でもある。○○会長が辞めれば、こうしたつながりが失われてしまうからだ。それは、日本との交渉においても同じ。だから公然と、「○○会長は日本との強いつながりを持っていて」なんてことが語られる。もちろん、決定的に人に属する部分もあることは否定しない。しかし、本来組織に属していなければならない関係を会員証の提示という行為に移すことができれば、トップの世代交代も活発化するのではないか、という狙いもある。

 休暇を利用して1週間程度の旅行をするとしよう。1日あたり、宿泊と食事で30レアルのベネフィットがあるとすれば、それだけで200レアル近い金額になる。これだけではない。日常的に利用する地元のレストランや日用品や耐久消費財の購入でも、ベネフィットを受けることができる。個人の年会費が200レアルだとして、高いでしょうか?

 問題はやはり、こうしたネットワークと物理的な制約(地方と大都市では、利用者数も異なる)の間にあるズレをどのように吸収するか、ということである。地方文協の会員が都会に出てきてベネフィットを最大限に利用して地方に帰ってもらうというのが、ある意味で、地方への交付金になりえないだろうか?

 遯ちゃんは私に、「文化ってぇのは金がかかる。だからまず、人を集めることを考えなければならない。お前のように、仕組みを先にしてもだめなんだ」という。私自身の考えは、「金がかかる。だからまず、お金を集めることを考えなければならない。そのためには、お金を喜んで払ってもらえる文協の活動(しくみ)が必要」ということなのだが。そしてまた、大阪商人と揶揄されるのであった。

 ただ、50メートルプールなら100人しか収容できなくても、日系社会の外部も含めた文協ネットワークなら、全世界、何人でも収容できる。実は、人も集まるのである。

 というのが、私の脳内シミュレーションのスタートラインである。

 以上、考えをまとめるのためのメモ。

貴卑コラム目次 l ページトップ

当サイトに掲載の文章や写真、図版その他すべての著作権は、断りのない限り美代賢志個人に帰属します。

Copyright (C) 2005 Kenji Miyo All right reserved.